中央アフリカ共和国


中央アフリカ中央アフリカ共和国 CENTRAL AFRICAN REPUBLIC
手付かずの森林 〜隠れたサファリ大国〜

中央アフリカ地域の中央部の内陸国。仏植民地には、この地域を流れる川の名前をとってウバン・ギシャリと呼ばれていたが、現在の国名は、建国の父ボガンダが抱いていた「中央アフリカ合衆国」建設の理想にちなんでいる。同国は1960年にフランスより独立して以来、政情は不安定であり、世界で最も貧しい国の一つである。
数多くのクーデターや、ジャン・ベデル・ボカサ(Jean Bedel Bokassa)による帝政など悪名高い時期を経験した同国経済は困窮し、政府ですら公務員に給料を支払えない状況である。同国は豊富な森林、水、鉱物資源を保有するにもかかわらず、はびこる政治腐敗のため、材木、ダイアモンドといった同国主幹産業への政治的関与が続けられている。首都のバンギ近くにあるボガンダ博物館は、中央アフリカ芸術の宝庫といわれる。有名な国立公園、動物保護区もある。

国土:622,440sq km
人口:4,303,356人(CIA The World Factbook 2006年)アフリカ第36位(世界第123位)
首都:バンギ Bangui (451,690)
その他主要都市:Mbaiki (190,000)、Bossangoa (120,000)、Bouar (106,000)
最高地点:In the west (1,420m)
公用語・主要言語:フランス語、サンゴ語
主要宗教:キリスト教、伝統宗教
通貨:フラン (Franc CFA)
主な輸出品:コーヒー、ダイアモンド、材木、コットン、タバコ
政体:共和制
元首:フランソワ・ボジゼ・ヤングヴォンダ大統領
議会:一院制
一人当たり国民総所得: US350ドル (世界銀行2005年)

略史

1960.8

独立、ダッコ大統領選出

1966.1

クーデターによりボカサ参謀総長(中佐)大統領就任

1976.12

帝制宣言。ボカサ大統領、皇帝となる。

1979.9

クーデター発生。共和制復活(ダッコ大統領再就任)

1981.9

クーデターによりコリンバ参謀総長が国家再建軍事委員会議長に就任。

1986.11

国民投票により新憲法採択。コリンバ大統領選出。

1987.7

国民議会選挙

1991.7

憲法改正により複数政党制成文化、政党法成立。

1992.10

大統領・国民議会選挙実施後無効宣言。

1993.8

大統領・国民議会選挙(再選挙)

1993.10

パタセ新大統領就任

1996.4

給与遅配に反対する国軍の一部兵士による騒擾事件

1996.5

武器返還に対し国軍の一部兵士による武力抗議行動

1996.11

大統領辞任等を要求する国軍の一部兵士による実力行動

1997.6

アフリカ仲介軍と旧反乱兵士の間に戦闘勃発

1998.4

国連PKO(MINURCA)派遣

1998.11−12

国民議会選挙

1999.9

大統領選挙、パタセ大統領再選

2000.2

MINURCA撤退、国連平和構築事務所(BONUCA)設立

2001.5

一部国軍兵士によるクーデター未遂事件

2001.11

ボジゼ元参謀長派兵士と大統領親衛隊との間の武力衝突事件

2002.10

同上

2003.3

ボジゼ元参謀長によるクーデターが発生。自ら「大統領」と宣言し、憲法を停止。「国家暫定評議会」を設立。

2004.12

新憲法を国民投票で採択

2005.3,5

大統領選挙、国民議会選挙を実施

2005.6

ボジゼ大統領就任、エリー・ドテ内閣組閣

外務省ホームページ-各国インデックス(中央アフリカ共和国)
中央アフリカ共和国名誉総領事館
arsvi.com(日本語報道アーカイブ)
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( 地図 Source: University of Texas Libraries)

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