中央アフリカ共和国


中央アフリカ中央アフリカ共和国 CENTRAL AFRICAN REPUBLIC
手付かずの森林 〜隠れたサファリ大国〜

国土:622,440sq km(日本の約1.7倍)
人口:4,303,356人(CIA The World Factbook 2006年)アフリカ第36位(世界第123位)
首都:バンギ Bangui (622,771: 2003センサス)
その他主要都市:Mbaiki (190,000)、Bossangoa (120,000)、Bouar (106,000)
最高地点:カヤガンギリ (1,420m)
公用語・主要言語:サンゴ語(公用語、国語)、フランス語(公用語)
主要宗教:カトリック(約25%)、プロテスタント(約25%)、伝統宗教(約35%)、イスラム教(約1%)
通貨:CFAフラン (Franc CFA)
主な産業:農業、林業、鉱業
主な輸出品:コーヒー、ダイアモンド、材木、コットン、タバコ(2006 EIU)
主な輸入品:資本材、燃料(2006 EIU)
主な貿易相手国:輸出 ベルギー、スペイン、フランス、中国
                      輸出 フランス、オランダ、アメリカ、カメルーン
政体:共和制
元首:フランソワ・ボジゼ・ヤングヴォンダ大統領
議会:閣僚評議会一院制
一人当たり国民総所得: US350ドル (世界銀行2006年)

概要
アフリカ中央部に位置する内陸国。スーダン、コンゴ民主共和国、コンゴ共和国、カメルーン、チャドと国境を接する。フランス植民地時代には、この地域を流れる川の名前をとってウバンギ・シャリと呼ばれていた.現在の国名は、建国の父ボガンダが抱いていた「中央アフリカ合衆国」建設の理想にちなんでいる。同国は1960/にフランスより独立して以来、数多くのクーデターや、ジャン・ベデル・ボカサによる帝政などを経験した.豊富な森林資源、ダイヤモンド、ウラン、金などの鉱物資源を保有するにもかかわらず、内陸国であるため輸送コスト高になってしまうことや、度重なる政情不安で経済が低迷している。首都バンギ近くにあるボガンダ博物館は、中央アフリカ芸術の宝庫といわれる。

自然
国土の大半が東西に延びる平均高度600〜1000メートルの高原台地であり、北のチャド湖盆と南のコンゴ盆地との分水嶺(ぶんすいれい)をなしている。したがって水系は、北部ではすべて北流してシャリ川、ロゴーヌ川に合流し、南部ではすべて南流してウバンギ川に注いでいる。ウバンギ川はコンゴ共和国のブラザビルと結ぶ重要な水運でもあり、河畔に立地した首都バンギからさらに上流のバンガスーまで船舶の航行が可能である。

気候
サバンナ気候が支配的で、年平均気温は26℃に達するものの、降雨は雨期と乾期が明瞭(めいりょう)である。ただその期間は北から南に向かうほど雨期が長くなり、降水量も多くなる。南部では/降水量は1600ミリメートルに達するのに対して、北部では700ミリメートル程度である。その意味では中央アフリカの自然は、ちょうど北のサハラ砂漠に代表される乾燥気候と南のコンゴ盆地に代表される高温湿潤な熱帯多雨気候との漸移地帯にあたるといえる。したがって植生も北に向かうほど疎林が多くなり、南には熱帯森林もみられる。

世界遺産
自然遺産: マノヴォ-グンダ・サン・フローリス国立公園
北部のアウク川流域の氾濫原と南部のボンゴ高原からなる広大な国立公園で、豊かな植生に恵まれている。氾濫原は乾季でも干上がらないため、ハシビロコウなどの水鳥をはじめ、鳥類320種が確認されている。サバンナ地帯にはゾウ、チーターなどの大型哺乳類の生息地となっているが、近年、隣国のゲリラによる資金調達のため、密猟が横行し、個体数が激減しているため、危機遺産に登録されている。

食文化
主食はキャッサバで、粉を練って蒸して醗酵させて食べるのが主流。代表的なおかずはキャッサバの葉などをピーナッツソースで煮込んだシチュー。果物の種類が豊富。

日本との関係
1984年の「アフリカ間」の一環として、中央アフリカのバスケットボール・チーム招聘、1985年3月に、わが国より初めての柔道使節派遣を行った。
91年には、日本政府は食糧増産計画資金として6億CFAフランの援助を決定した。
対日輸出:2億500万円(木材、ダイヤモンド)2005年
   輸入:9800万円(乗用車、タイヤ、貨物自動車、自動車部品、鉄銅板)
   時差:−8時間
アクセス: 成田〜バリ(フランス)〜バンギ〔エール・フランス〕
移動時間 18時間45分
通信:電話回線は非常に限られていて、首都バンギに集中している。国内の通信は短波を利用したラジオ電話が主流である。

世界で一番
ブロードバンドアクセス額料金 175米ドル(2003 OECD)

有名人

ジャン・ベデル・ボカサ

略史

1880年代 フランスが同地域に進出、ウバンギ・シャリ植民地を建設
1910 ウバンギ・シャリ、ガボン、中央コンゴの3植民地に連邦制を敷いて、仏領赤道アフリカと改称
フランス共同体内の自治共和国となり、国名を中央アフリカ共和国と改称
1960.8

独立、ダッコ大統領選出

1966.1

クーデターによりボカサ参謀総長(中佐)大統領就任

1976.12

帝制宣言。ボカサ大統領、皇帝となる。

1979.9

クーデター発生。共和制復活(ダッコ大統領再就任)

1981.9

クーデターによりコリンバ参謀総長が国家再建軍事委員会議長に就任。

1986.11

国民投票により新憲法採択。コリンバ大統領選出。

1987.7

国民議会選挙

1991.7

憲法改正により複数政党制成文化、政党法成立。

1992.10

大統領・国民議会選挙実施後無効宣言。

1993.8

大統領・国民議会選挙(再選挙)

1993.10

パタセ新大統領就任

1996.4

給与遅配に反対する国軍の一部兵士による騒擾事件

1996.5

武器返還に対し国軍の一部兵士による武力抗議行動

1996.11

大統領辞任等を要求する国軍の一部兵士による実力行動

1997.6

アフリカ仲介軍と旧反乱兵士の間に戦闘勃発

1998.4

国連PKO(MINURCA)派遣

1998.11−12

国民議会選挙

1999.9

大統領選挙、パタセ大統領再選

2000.2

MINURCA撤退、国連平和構築事務所(BONUCA)設立

2001.5

一部国軍兵士によるクーデター未遂事件

2001.11

ボジゼ元参謀長派兵士と大統領親衛隊との間の武力衝突事件

2002.10

同上

2003.3

ボジゼ元参謀長によるクーデターが発生。自ら「大統領」と宣言し、憲法を停止。「国家暫定評議会」を設立。

2004.12

新憲法を国民投票で採択

2005.3,5

大統領選挙、国民議会選挙を実施

2005.6

ボジゼ大統領就任、エリー・ドテ内閣組閣

外務省ホームページ-各国インデックス(中央アフリカ共和国)
arsvi.com(日本語報道アーカイブ)
ウィキペディア:中央アフリカ共和国

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( 地図 Source: University of Texas Libraries)

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