チャド共和国


チャドチャド共和国 CHAD
かつてはサハラ交易の交差路、多くの王国が興亡したチャド湖

概要

アフリカ大陸の中央、北部にある内陸国。リビア、スーダン、中央アフリカ共和国、カメルーン、ナイジェリア、ニジェールと国境を接する。サハラ砂漠の東部に位置し、南西部には国名の由来となったチャド湖がある。同地は地中海と大西洋を結ぶ交易路の重要な中継地であり、いくつかの王朝が興亡した。フランスから独立して以降、イスラム教徒人口の多い北部と、キリスト教徒人口の多い南部との間で緊張関係が続き、政治的不安定な状態が続いている。2004年から隣国スーダンのダルフール地域で紛争が激化したため、難民の流入や反政府勢力活動の活発化など、新たな問題も起こっている。経済面では、2003年に、南部ドーバから隣国カメルーンのクリビ港に至る石油パイプラインが貫通し、石油輸出が本格化した。

自然

国土の中央部から西部にかけ、かつてチャド湖の湖底であった広大な低地が発達している。北部にはエミクシ山を有するティベスティ高原、東部にはエネディ高原があり、チャド湖盆の分水嶺(れい)をなしている。したがって、チャドの水系はほぼすべてチャド湖に属する。主な河川は、シャリ川、ロゴーヌ川、降雨時に一時的に水が流れるガザール・ワジである。

気候

中央から北部にかけてが完全な砂漠気候で、南部は乾燥サバンナとなる。最南端のサールでは5〜11月が雨期で、年降水量は900〜1200ミリメートル程度である。中央アフリカ共和国に水源をもち、南部を流れてチャド湖に注ぐロゴーヌ川、シャリ川の流域が、国内ではもっとも農耕用水に恵まれた地方となっている。なおチャド湖は、その水系域が砂漠気候かサバンナ気候であるため水位の季節的変動が激しく、その面積が1年で大きく変化するのが特徴である。

世界遺産

現在、世界遺産の登録はない。
主な観光地としては、チャド湖、北部のエミクシ山の火口原や点在する先史時代の岩画で知られるティベスティ山地がある。東部のエネディ山地には、エメラルド色の湖ウニアンガ・ケビル湖や、先史時代から姿を変えていない固有種のワニが生息していることで知られるアーシェイ・ゲルタなどがある。

食文化

北の砂漠地帯では、自家製のパンやマカロニを主食とし、副食としては羊やラクダの肉をトマトソースで煮込んだものがよく食べられている。南部では、主食にトウモロコシや雑穀、キャッサバ類の粉を練ったものに、肉や魚を入れたシチュー状の具につけて食べるのが、一般的である。乾燥オクラや魚類の燻製をよく使われる。

日本との関係

2004年よりチャド東部に流入したスーダン・ダルフール難民の支援や、同難民を受け入れているチャド住民の支援を実施。JICAは2005年に東部アベシェにフィールド・オフィスを開設し、2006年には首都ンジャメナにODAアドバイザーを派遣するなど、本格的な経済協力を開始したが、治安情勢の悪化により同年12月にJICAは関係者を退避させ、フィールド・オフィスを閉鎖し、現地での協力活動を中断した。
貿易面での関係はわずかながら続いており、日本はチャドから綿花などを輸入しているため、例年、日本側の輸入超過になっている。
  対日輸出 14億800万円(石油等) 2006年
  輸入 1億2,400万円(乗用自動車等) 2006年
  時差: −8時間。
  アクセス: 日本〜パリ(フランス)〜ンジャメナ(エールフランス)
  日本〜バンコク(タイ)または香港(中国)〜ンジャメナ(エチオピア航空)

世界で一番

2002年、現在のところ世界最古の猿人(トゥーマイ)の化石が出土した。700万年前のものと推定されている。

面積:128.4万ku(日本の約3.4倍)
人口:
988万5661人(2007/7 推計)
首都:
ンジャメナ(N’Djamena,818万6000人(2010年 推計)
その他主要都市:
ムンドゥ(141,200)、サル(119,400)
最高地点:
エミクシ山 (3,415m)
公用語/主要言語:
仏語,アラビア語(以上公用語),サラ語,トゥブリ語,フルフルデ語
民族構成:
:ーダン系サラ族・バジルミ族31%,アラブ系26%,スーダン系, テダ族7%,スーダン系ムブム族7%、約200部族
宗教:
イスラム教(54%)、カトリック(20%)、プロテスタント(14%)他
通貨:
CFA(中部アフリカ金融協力体)フラン
主な産業:
農業(綿花)、牧畜業
主な輸出品:
石油、綿花、畜産物等(2006年)
主な輸入品:
石油関連、非石油関連(2006年)
主要貿易相手国:
輸出 アメリカ、中国、韓国、タイ、ポルトガル(2006年)
              
輸入 フランス、カメルーン、アメリカ、ドイツ、サウジアラビア(2006年)
一人当たり国民総所得:
480米ドル(2006)
政体:
共和制
元首:
イドリス・デビー・イトゥノ大統領
議会:
国民議会(155議席)

略史

16世紀

ボルヌー王国

1910

仏領赤道アフリカ・チャド州

1958

共和国宣言

1960.8

独立

1962.4

トンバルバイ大統領が就任

1966 内戦が勃発。フランス軍が介入。
1973 リビアが北部国境地帯のアオズ地方を占領。
1975.4 軍事クーデタでマルーム将軍が最高軍事評議会を樹立し権力を掌握。

1978.8

マルーム政権と反乱勢力の一部ハブレ派が連合政府を結成、マルーム大統領、ハブレ首相が就任。

1979.4. 暫定国民統一政府が成立

1979.11

11勢力を含む新たな暫定国民統一政府の発足により、ウェディ大統領が就任

1980.3. ハブレ国防相が反乱を再開、リビア軍が政府を支援して介入。

1982.10

反政府軍が首都を制圧し、ハブレ大統領が就任

1983 リビア軍が支援するグクーニ・ウェディ派の反攻により、フランス軍が支援するハブレ政権との内戦再発(1987年まで)。
1989.8. リビアとアオズ地方の領有権紛争解決のための枠組み協定に調印。

1990.12

反政府軍による政変、ハブレ亡命

1991.3

デビー大統領が就任

1994 国際司法裁判所がチャドのアオズ地方領有権を支持する判決。国連監視のもとでリビア行政当局と軍が同地方から撤退。

1996.3

新憲法を国民投票で採択

1996.7

大統領選挙(デビー大統領当選)

2001.5

大統領選挙(デビー大統領再選)

2002.4

国民議会選挙

2004.5

憲法改正により、大統領再選回数制限を撤廃

2006.5

デビー大統領3選


外務省ホームページ-各国インデックス(チャド共和国)
Yahoo百科
arsvi.com(日本語報道アーカイブ)
ウィキペディア:チャド共和国
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チャド共和国: より詳しい地図>>
( 地図 Source: University of Texas Libraries)

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