チャド共和国


チャドチャド共和国 CHAD
かつてはサハラ交易の交差路、多くの王国が興亡したチャド湖

アフリカのほぼ中央に位置する内陸国。北部はサハラに続く高温、乾燥地帯、南部は多湿。西部には、アフリカ第4の大湖チャド湖がある。チャド湖周辺には19世紀末ごろまでいくつかの王朝が興亡したが、その後フランス領赤道アフリカ、1958年フランス共同体内の共和国として、1960年に独立した。
しかし独立後から、イスラム教徒人口の多い北部と、キリスト教徒人口の多い南部との間に緊張関係が続いており、同国の政治的不安定さの要因となっている。主要産業は綿花だが、北部ではウランの埋蔵が確認され、近年では産油国としての地位を築きつつある。

国土:1,284,000sq km
人口:9,944,201人(CIA The World Factbook 2006年)アフリカ第26位(世界第83位)
首都:ウンジャナメ N’Djamena(530,965)
その他主要都市:Moundou(282,000)
最高地点:Emi Koussi (3,415m)
公用語:アラビア語、フランス語
主要宗教:イスラム教、キリスト教、伝統的な信仰
通貨:フラン (Franc CFA)
主な輸出品:コットン原料、家畜、肉、皮、魚、織物
政体:共和制
元首:イドリス・デビー・イトゥノ大統領
議会:一院制 (国民議会)
一人当たり国民総所得: US400ドル(世界銀行2005年)

略史


16世紀

ボルヌー王国

1910

仏領赤道アフリカ・チャド州

1958

共和国宣言

1960.8

独立

1962.4

トンバルバイ大統領が就任

1966 内戦が勃発。フランス軍が介入。
1973 リビアが北部国境地帯のアオズ地方を占領。
1975.4 軍事クーデタでマルーム将軍が最高軍事評議会を樹立し権力を掌握。

1978.8

マルーム政権と反乱勢力の一部ハブレ派が連合政府を結成、マルーム大統領、ハブレ首相が就任。

1979.4. 暫定国民統一政府が成立

1979.11

11勢力を含む新たな暫定国民統一政府の発足により、ウェディ大統領が就任

1980.3. ハブレ国防相が反乱を再開、リビア軍が政府を支援して介入。

1982.10

反政府軍が首都を制圧し、ハブレ大統領が就任

1983 リビア軍が支援するグクーニ・ウェディ派の反攻により、フランス軍が支援するハブレ政権との内戦再発(1987年まで)。
1989.8. リビアとアオズ地方の領有権紛争解決のための枠組み協定に調印。

1990.12

反政府軍による政変、ハブレ亡命

1991.3

デビー大統領が就任

1994 国際司法裁判所がチャドのアオズ地方領有権を支持する判決。国連監視のもとでリビア行政当局と軍が同地方から撤退。

1996.3

新憲法を国民投票で採択

1996.7

大統領選挙(デビー大統領当選)

2001.5

大統領選挙(デビー大統領再選)

2002.4

国民議会選挙

2004.5

憲法改正により、大統領再選回数制限を撤廃

2006.5

デビー大統領3選


外務省ホームページ-各国インデックス(チャド共和国)
arsvi.com(日本語報道アーカイブ)
ウィキペディア:チャド共和国

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チャド共和国: より詳しい地図>>
( 地図 Source: University of Texas Libraries)

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