コモロ連合


コモロ連合 COMOROS
香料の宝島

アフリカ大陸とマダガスカルの間、モザンビーク海峡の北部の4島と小島群からなる連邦国家。美しいビーチで知られる観光業の盛んな同国であるが、独立以来、中央政府と各島との間では緊張関係が続いている。最東端の島マヨット島はコモロ独立への参加を拒否し、現在もフランスの海外領土としてとどまっている。コモロは同島の返還を要求し、国連でも取り上げられている。1976、1978、1989、1995年のクーデタ事件にはフランス人傭兵ボブ・ドナールが大きな役割を果たし、国政を大いに掻き乱した。主要商品作物であるバニラの価格下落、石油製品の高騰、また国内需要の低さから経済は停滞している。また、近海は古代魚シーラカンスの生息地として有名。

国土:1,862sq km
人口:690,948人(CIA The World Factbook 2006年)アフリカ第48位(世界第165位)
首都:モロニ Moroni (30,365)
その他主要都市:Mutsamudu (14,000)
最高地点:Mont Kartala(2,361m)
公用語/主要言語:フランス語、アラビア語、コモロ語
主要宗教:イスラム教
通貨:コモロ・フラン (Comorian Franc)
主な輸出品:バニラ、クローブ、イランイラン、コプラ、コーヒー
政体:連邦共和制
元首:アメッド・アブダラ・モハメッド・サンビ大統領
議会:一院制
一人当たり国民総所得: US640ドル (世界銀行2005年)

略史

1886年

フランスの保護領となる

1975年7月

独立宣言、アーメド・アブダラ大統領就任
(コモロ共和国)

1976年1月

クーデターによりアリ・ソワリ大統領就任

1978年5月

クーデターによりソワリ政権崩壊

1978年10月

新憲法採択、国名変更(コモロ・イスラム連邦共和国)
アーメド・アブダラ大統領復帰(国民投票)

1989年11月

憲法改正(国民投票)・アブダラ大統領暗殺

1990年3月

大統領選挙、ジョハール大統領就任

1992年6月

複数政党制を含む新憲法採択(国民投票)

1992年9月

クーデター未遂

1993年12月

議会選挙

1995年9月

クーデター未遂、ジョハール大統領は仏領レユニオン島へ

1996年3月

大統領選挙、モハメッド・タキ大統領就任

1996年10月

憲法改正(国民投票)により大統領の権限強化

1997年8月

アンジュアン島・モヘリ島「独立」宣言、武力衝突の発生

1997年12月

「コモロに関する国際会議」(於:アディス・アベバ)

1998年11月

タキ大統領急死、タジディン共和国最高評議会委員長が大統領代理に就任

1999年4月

クーデターにより、軍参謀本部長・アザリ大佐が政権を掌握

2001年2月

コモロ和解に関するOAU(アフリカ統一機構)枠組み合意(フォンボニ協定)署名

2001年12月

国民投票により新憲法採択、国名変更(コモロ連合)

2002年4月

大統領選挙、アザリ大佐を選出

2002年5月

アザリ大統領就任

2003年12月

「コモロ危機打開のための地域サミット」でコモロ暫定措置合意を達成

2004年3月

各自治島議会議員選挙を実施

2004年4月

連合議会議員選挙を実施

2004年6月

連合議会開設

2006年4月

大統領選第1回予備選挙

2006年5月

大統領選第2回予備選挙
アメッド・アブダラ・モハメッド・サンビを選出。サンビ大統領就任

外務省ホームページ-各国インデックス(コモロ連合)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/comoros/
インド洋に浮かぶフランス、レユニオン島
コモロの旅行情報
モーリシャス航空/コモロ旅の基本データ
ウィキペディア:コモロ・イスラム連邦共和国

コモロ・イスラム連邦共和国
コモロ
コモロ・イスラム連邦共和国: より詳しい地図>>
( 地図 Source: University of Texas Libraries)


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