コモロ連合


コモロ連合 COMOROS
香料の宝島

概要
アフリカ大陸のモザンビークとマダガスカル島の間に位置する島国。グランドコモロ島(ンジャジジャ島)、アンジュアン島(ヌズワニ島)、モヘリ島(ムワリ島)の3つの主要な島から構成されている。コモロ政府はフランス領マイヨット島の領有権を主張している。6世紀頃にマレー・ポリネシア系の人々が入植し、8世紀頃からインド洋交易の中継地となり、スワヒリ文化の影響を受けた。1975年、フランスから独立。以後、クーデターが相次いだ。1997年にはアンジュアン島とモヘリ島が独立をコモロからの独立を宣言。アフリカ連合及び南アによる和平交渉により、事なきを得たが、いまだ政情が不安定である。

自然
火山活動と珊瑚礁によって形成された島々は起伏に富み、標高に応じて熱帯から温帯の植物が栽培されている。最大の面積を誇るグランド・コモロ島では、河川などの水系がないため、2005年のカルタラ火山噴火の際には、飲料水不足が大きな問題となった。

気候
熱帯湿潤気候で、南東風が吹く5月〜11月が乾期で、平均19℃前後と比較的涼しい。インド洋のモンスーンの影響を受ける12月〜4月は雨期で暑く、3月の平均気温は30℃前後になる。10年に二回程度、強力なサイクロンにより、交通や社会基盤を脅かされる事もある。

世界遺産
現在、登録はない。
主な観光地としては、モロニのアラブクウォーターと、アンジュアン島のムツムドゥ港周辺のメディナ(旧市街)がある。また、最も珊瑚礁が発達しているマイヨット島は、世界的にも有名なダイビングスポットである。

食文化
主食は、米、調理用バナナ(プランテーン)、パンの実、キャッサバなどバラエティーに富んでいる。おかずとしては、魚の素揚や手羽先の炭火焼、ココナッツミルクとスパイスで味付けした煮込み料理が一般的である。

日本との関係
1981年〜87年にかけて漁業振興計画の無償援助を行い、16名の水産訓練生を受け入れた。また、シーラカンス学術調査隊及び鳥羽水族館が、数回にわたり近海の調査を行い、5体の標本を持ち帰った。2009年4月には、日本が食糧援助のため無償資金提供を行う事を約束した。

対日輸出 776万円(香料精油)(2008)
輸入 2億723万円(貨物自動車、乗用自動車、自動車部品)時差: −6時間

時差: -6時間

アクセス: 日本〜バンコク(タイ)〜モーリシャス、フランス領レユニオン、またはアンタナナリボ〜モロニ(マダガスカル航空)
日本〜ドバイ(アラブ首長国連邦)〜ナイロビ(ケニア)〜モロニ(ケニア・エアウェイズ)。

世界で一番
シーラカンスの生息地。アンジュアン島で1954年12月20日に捕獲された事にちなんで、その日をシーラカンスの日としている。
世界中のアラブ語圏の国で最南に位置する。

著名人
アハメド・アブドゥラ(1975年、フランスから独立後の最初の大領領。1989年に暗殺)

国土:2,236平方キロメートル(ほぼ東京都と同じ大きさ、仏領のマイヨット島を除くと1,862sq km)
人口:84万1000人(2007年、UNFPA))
首都:モロニ(Moroni)40,275人(2002年)グランド・コモロ島
その他主要都市:ムツムドゥ(21,558人)、ドモニ(13,254人)2002年
最高地点:カルタラ(2,361m(ンジャジジャ島内)
公用語/主要言語:コモロ語(シコモ語)、アラビア語、フランス語
民族構成: バントゥー系黒人、アラブ人、マダガスカル人、インド人等
主要宗教:イスラム教
通貨:コモロ・フラン (Comorian Franc)
主な産業:農業、林業、漁業
主な輸出品:バニラ、クローブ、イランイラン、コプラ(香料)
主な輸入品:石油製品
主要貿易相手国:輸出:フランス、シンガポール、日本 
            輸入:フランス、南アフリカ、アラブ首長国連邦
政体:連邦共和制
元首:アメッド・アブダラ・モハメッド・サンビ大統領
議会:一院制 (定数33、任期5年、2004年6月開設)
一人当たり国民総所得: 680米ドル(2007年、世銀)

通信: テレビ=約千台、ラジオ=約九万台(共に1997年の調べ)、固定電話は約1万9千台(2006年)、インターネットサービスプロバイダーは8つ(2008年)。

略史

17世紀 アラブ人が小国家がいくつか成立し、互いに対立
18-19世紀 ポルトガル人をはじめ、ヨーロッパ人が海賊の基地として使用
1848年 海賊被害に対する住民の訴えにより、フランスがマホレ島を保護量化
1886年

フランスの保護領となる

1975年7月

独立宣言、アーメド・アブダラ大統領就任
(コモロ共和国)

1976年1月

クーデターによりアリ・ソワリ大統領就任

1978年5月

クーデターによりソワリ政権崩壊

1978年10月

新憲法採択、国名変更(コモロ・イスラム連邦共和国)
アーメド・アブダラ大統領復帰(国民投票)

1989年11月

憲法改正(国民投票)・アブダラ大統領暗殺

1990年3月

大統領選挙、ジョハール大統領就任

1992年6月

複数政党制を含む新憲法採択(国民投票)

1992年9月

クーデター未遂

1993年12月

議会選挙

1995年9月

クーデター未遂、ジョハール大統領は仏領レユニオン島へ

1996年3月

大統領選挙、モハメッド・タキ大統領就任

1996年10月

憲法改正(国民投票)により大統領の権限強化

1997年8月

アンジュアン島・モヘリ島「独立」宣言、武力衝突の発生

1997年12月

「コモロに関する国際会議」(於:アディス・アベバ)

1998年11月

タキ大統領急死、タジディン共和国最高評議会委員長が大統領代理に就任

1999年4月

クーデターにより、軍参謀本部長・アザリ大佐が政権を掌握

2001年2月

コモロ和解に関するOAU(アフリカ統一機構)枠組み合意(フォンボニ協定)署名

2001年12月

国民投票により新憲法採択、国名変更(コモロ連合)

2002年4月

大統領選挙、アザリ大佐を選出

2002年5月

アザリ大統領就任

2003年12月

「コモロ危機打開のための地域サミット」でコモロ暫定措置合意を達成

2004年3月

各自治島議会議員選挙を実施

2004年4月

連合議会議員選挙を実施

2004年6月

連合議会開設

2006年4月

大統領選第1回予備選挙

2006年5月

大統領選第2回予備選挙
アメッド・アブダラ・モハメッド・サンビを選出。サンビ大統領就任

外務省ホームページ-各国インデックス(コモロ連合)
ウィキペディア:コモロ・イスラム連邦共和国
旅して
BBCワールド
CIA World Factbook

コモロ・イスラム連邦共和国
コモロ
コモロ・イスラム連邦共和国: より詳しい地図>>
( 地図 Source: University of Texas Libraries)


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