エジプト・アラブ共和国


エジプトエジプト・アラブ共和国 EGYPT (埃及)
すべてはナイルの賜物 

エジプトは、アフリカ大陸の北東端を占める共和国。日本の国土の約2.7倍。地中海沿岸を除きほとんど降雨のない砂漠気候と、南から北に流れるナイル川が地理的な特徴となっている。赤道直下の大湖に源を発するナイル川は、エジプトの乾季に増水し、ナイル渓谷を水でみたし氾濫するとともに、上流から肥沃な土地を運び堆積する。エジプトで居住可能な土地は、わずか5%の地中海沿岸とナイル川流域で、ここを外れると砂漠地帯。エジプトの象形文字には“雨”という文字がないとおり、年間を通じて非常に乾燥した気候である。
歴史的には、5000年の歴史をもつ古代文明の発祥の地。13世紀以降、イスラム世界の文化的中心。1882年イギリスに占領されたが、独立運動が盛んで、1922年立憲王国。52年革命の結果、共和国となり、58年シリアとアラブ連合共和国結成。61年シリア離脱。71年エジプト・アラブ共和国と改称。
1982年イスラエルとの平和条約に基づき、1967年の第3次中東戦争以来独占されていたシナイ半島が返還された。アラブ諸国圏においてサウジ・アラビアに次ぐ規模の経済を持つ同国は、中東の政治において中心的な役割を担う。
2011年に民主化運動で、1981年以来その地位にあったムバラク大統領が退任。 同年12月に暫定政権となっている。

国土:1,001,450sq km
人口:78,887,007人(CIA The World Factbook 2006年)アフリカ第2位(世界第17位)
首都:カイロ Cairot(6,800,992)
その他主要都市:Alexandria(3,339,076), Giza (2,221,817), Shubra-El-khema (870,776)
最高地点:Jabal Katrinah (2,637m)
公用語:アラビア語
主要宗教:イスラム教 キリスト教(コプト教)
通貨:エジプト・ポンド (Egyptian Pound)
主な輸出品:天然、精製オイル、コットンその他の織物、フルーツ
政体:立憲共和制
元首:ムハンマド・フセイン・タンターウィ・エジプト国軍最高会議議長
議会:一院制 (人民議会)
一人当たり国民総所得:US2,420ドル (世界銀行2010年)

略史

紀元前7000年頃よりナイル川流域に住み着いた人々が村落を形成

紀元前3000年頃、中央集権国家ができる(ピラミッドの建設時期)

紀元前525年

ペルシア帝国による征服と支配

紀元前332年

アレクサンドロス大王による征服

紀元前31年

ローマの属州となる

642年

アラブ勢力による征服と支配

969年

カイロが首都となる

1250-1517年

マムルーク朝による統治

1517年

オスマントルコ帝国による征服と支配

1859-69年

スエズ運河の建設

1882年

イギリス軍の進駐

1914年

イギリスの保護領となる

1922年

エジプト王国成立

1948年

第一次中東戦争勃発

1952年

エジプト革命

1953年

エジプト共和国成立

1956年

ナセル大統領、スエズ運河国有化を断行、これにより第二次中東戦争(スエズ動乱)勃発

1967年

第三次中東戦争勃発

1970年

ナセル大統領死去、サダト大統領が後任

1975年

第三次中東戦争以来、閉鎖されていたスエズ運河が再開する

1981年

イスラム過激派ジハード団によって、サダト大統領暗殺される

1981年

国民投票によって、ムバラク大統領が選任される

1987年

ムバラク大統領再選

1993年

ムバラク大統領三選

1997年

ルクソールでイスラム過激派アルジャマー・アルイスラミーアによるテロが発生

1999年

ムバラク大統領四選

2005年

ムバラク大統領五選

2006年

サウジ・アラビア行きのフェリーが紅海で沈没(およそ1,000人が犠牲となる)

2011.1
2011.2 
2011.3
全国的な民衆デモ 
ムバラク大統領辞任
シャラフ内閣誕生


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( 地図Source: University of Texas Libraries)

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