エリトリア国


エリトリアエリトリア国 ERITREA
アフリカで最も若い国

エチオピア北部、紅海に臨む国。もとイタリアの植民地で1952年エチオピアに合併されたが、イスラム教徒の独立運動が活発化、1993年に独立国となった。独立後も隣国エチオピアとは同国の貿易港をめぐって対立しており、これは同国の食料供給力不足にも大きく関係している。
また、軍部が国の経済を停滞させていると言及されている。首都のアスマラは海抜2200mの高原に位置し、かつてのイタリア植民地の拠点。南欧風の宮殿や別荘が点在し、2000年前に栄えたアクスム王朝の遺跡から発掘された博物館などもある。

国土:93,680sq km
人口:4,786,994人(CIA The World Factbook 2006年)アフリカ第35位(世界第116位)
首都:アスマラ Asmara(358,100)
最高地点:Mt Soira(3,013m)
公用語/主要言語:ティグリニア語、アラビア語、諸民族語
主要宗教:イスラム教、キリスト教
通貨:ナクファ (Nakfa)
主な輸出品:皮、セメント、アラビアゴム、柑橘類豆類
政体:一党制:臨時政府
元首:イサイアス・アフォルキ大統領
議会:一院制 (国民議会)
一人当たり国民総所得: US220ドル (世界銀行2005年)

略史


1890年

イタリアの植民地支配下におかれる

1942年

英の保護領となる

1952年

国連の決定により、エチオピアと連邦を形成

1962年

エチオピア議会がエリトリアのエチオピアへの併合を決議

1972年

エリトリア人民解放戦線(EPLF)を結成

1991年5月

EPLFがエリトリア臨時政府樹立を宣言

1993年4月

国連の監視の下、エリトリア地域の分離・独立を問う住民投票実施

1993年5月24日

エチオピアより独立

1998年5月

エチオピア・エリトリア国境紛争勃発

2000年12月

エチオピアとの包括的和平合意成立

2002年4月

国境委員会によりエチオピアとの(地図上の)国境線確定

2004年

地方議会選挙

外務省ホームページ-各国インデックス(エリトリア国)
駐日エリトリア国大使館
JEN(エリトリアプロジェクト)
arsvi.com(日本語報道アーカイブ)
ウィキペディア:エリトリア国

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エリトリア国: より詳しい地図>>
( 地図 Source: University of Texas Libraries)

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