ナミビア共和国


ナミビアアフリカナミビア共和国 NAMIBIA
同国産の魚介類で日本もお世話に、アフリカ最後の独立国

アフリカ南西部の共和国。もとドイツ領、南西アフリカ。国土の主要部分は1000〜1500mの高原地帯、西は大西洋に面しているが、赤道以南のアフリカでボツワナと並んで最も乾燥しているナミブ砂漠、カラハリ砂漠にはさまれている。高温乾燥した気候で水資源に乏しいため農業はふるわないが、鉱物資源の豊かさでは世界有数。
1990年に25年間続いた南アフリカの占領統治との戦いを終結させて独立。しかし、同国では未だに白人勢力が強い立場にあり、農業をはじめ他の分野においても彼らは大きな影響力を持っている。近年、白人所有の農耕地における搾取について、農地解放論者の主張が力を持ちつつある。

国土:824,270sq km
人口:2,044,147人(CIA The World Factbook 2006年)アフリカ第40位(世界第146位)
首都:ウィントフック Windhoek (125,000)
その他主要都市:Swakopmund (16,000)、Rundu (15,000)、Rehoboth (15,000)
最高地点:Brandberg(2,580m)
公用語:英語、アフリカーンス、ドイツ語
主要宗教:キリスト教
通貨:ナミビアン・ドル (Namibian dollar)
主な輸出品:ダイアモンド、ウラン、魚製品、肉製品、家畜
政体:共和制
元首:ヒフィケプニェ・ポハンバ大統領
議会:二院制 (国民議会、国民評議会)
一人当たり国民総所得: US 2,990ドル (世界銀行2005年)

略史


1884年

 

「南西アフリカ」として独の保護領となる。

1914年

 

南ア軍、南西アフリカに侵攻、占領。

1920年

 

南ア、国際連盟の委任統治制度の下で南西アフリカ統治を開始。

1945年

 

南ア、南西アフリカを国連の信託統治制度の下に移行させることを拒否、不法統治開始。

1966年

 

国連総会、南西アフリカに対する南アの委任統治終了を決定(決議2145)。

1968年

 

国連総会、南西アフリカをナミビアと改称。(同地域のナミブ砂漠に由来)

1978年

 

国連安保理、国連ナミビア独立支援グループ(UNTAG)の設置を決定(決議435)。

1988年

 

南ア、アンゴラ、キューバ間の和平協定成立。南ア、ナミビアの独立に合意。

1989年

4月

安保理決議435実施、UNTAG活動開始。

1989年

11月

憲法制定議会選挙実施。

1990年

2月

ナミビア共和国憲法採択。

 

3月21日

ナミビア共和国独立。

 

4月23日

国連加盟。

1994年

3月1日

南ア、ウオルビス・ベイをナミビアに返還。

1994年

12月

独立後初の大統領・国民議会選挙実施。

1995年

3月

独立5周年式典においてヌヨマ大統領(第2期)就任。

1999年

12月

大統領・国民議会選挙においてヌヨマ大統領再選。

2000年

3月

独立10周年式典においてヌヨマ大統領(第3期)就任。

2004年

11月

大統領・国民議会選挙においてポハンバ大統領選出。

2005年

3月

ポハンバ大統領就任

外務省ホームページ-各国インデックス(ナミビア共和国)
地球の歩き方
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( 地図 Source: University of Texas Libraries)

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