■ガーナ人も訪れない最貧困州
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わが州は最貧困州と言われている。ガーナ人で一度も訪れたことがない人も少なくない。その原因としては、州都があるにも関わらずどのルートから入ってもラフロード(舗装していない道路)があるので物流が悪いことだ。また観光名所や名物もなければ多くの農家は天水農業に頼り、国内生産物が少ないということも挙げられる。隣国から運ばれてきたものの方が安価だ。私たち村落開発普及員は生活の向上に視点を置き、栄養改善や衛生管理、新しい換金生産物の開発などを取り入れて活動している。
私が働く村は州都から約25キロ離れた西側に位置し、村には大きな湖がある。ここは人々の生活水源になっており、そこから500m先に私の畑がある。湖からコンクリートの水路が2本走っており、乾季の時期に農家さんたちはそこから水をひいている。私の畑では換金作物として果樹(接木のマンゴー、カシューナッツ、グアバなど)の苗木と野菜のパイロットファーム(試験農場)をやっている。私自身農業の経験が少しあるが、専門的に習ったわけではない。しかし農業に興味があり、村に入って一緒に農作業をやりたかったので、村落開発普及員の農業を希望した。
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■成功と失敗
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まずは土作りから始めた。人々の土作りといったら家畜の糞をそのまま畑に混ぜる、豆の収穫後の残渣を土に鋤きこむといったものだった。マラウイのボカシ肥料のつくりかたレシピをもらい、それを基にガーナで使える材料でボカシ作りを行なった。初めは材料を集めること自体にカウンターパートのクンフォラさんの疑問を集めたが、ボカシが熱を持ち発酵し始めると興味を持ち始め、真剣に取り組むようになった。こういった現象は初めてなのだ。これを使って畑を作り新しい換金作物の作付けした。何度か成功を重ねるようになると、村の女性グループに作り方のワークショップを開いた。むろん彼が全て先生として指導し、私はただ記録のビデオを回しているだけの役にまわったことで、その後のモチベーションアップに大きくつながったのだった。
作付けにおいては現在果菜を中心に行なっている。葉菜にもチャレンジしてみたが、見事に虫に喰われてしまい、根菜も喰われたり発芽しなかったりで、自分の無力さを痛感している。成功した作物よりも断然失敗した作物の方が多い。毎日ドキドキ、半分ワクワクしながら苗床を覗いている。私にとって作物の芽吹き、開花、実りは元気の源だ。

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■クンフォラさんの頭の中は農業ノート
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現在は乾季で雨季より良好だ。日差しとハマターン(砂嵐)が強いものの、灌水しながらトマト、茄子、ピーマン、胡瓜、玉葱、豌豆などを作付けしている。野菜を生で食べるという習慣があまりない村なので、ミニトマトや日本のキュウリ、ピーマンの美味しさにクンフォラさんは大喜び。私はそれに大喜びだ。
私がここで働くようになって10ヶ月、あと2ヶ月で任期終了だ。実は現在もNGO配属なのだが機能しておらず、今は個人で活動している。彼と出会えたことで私の活動は始まった。11ヶ月悩み続けたことも、出会えたことのきっかけであると今は思っている。彼のためにも村の人のためにも、残りの任期で少しでも良い結果を残したい。早くても9月に野菜隊員の後任が来る予定だ。私との引継ぎは出来ないが、彼がしっかり覚えているので私は全く心配していない。初めは1つのことを理解するのに3日かかり、仕事や物をすぐ忘れてしまっていた。しかし今では私がいない間の仕事も完璧にこなし、伝え忘れたことも自分なりに考えてやってくれる。字が書けないので彼は全て覚える。だから彼の頭の中は農業ノートだ。私の現地語レベルと比べて英語もかなり話せるようになった。彼は学校に行けなかったので、自分のことを見下げてものを言うことがあるが、彼はとても優秀で素敵な人間だと思う。全てを素直に受け入れてやってみるという志が、どんどん彼を成長させているように思えるのだ。そんな彼から私も多くのものを学んだ。一生懸命やれば努力は力となり自分の可能性を広げられる、人に優しくすれば心にゆとりが出来また人に優しくなれる、彼はそんな人だ。

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■人を少しでも幸せにしたくて入った協力隊
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明日もまた畑に向かう。毎朝ラフロードをバイクで11キロ、目を瞑(つむ)れば景色が鮮明に蘇(よみがえ)る。人も村もご飯の味も、クンフォラさんの顔も声も家族も何もかもそのままずっと心の中に持ち続け、世界のどこにいても手に取るように感じていたい。人を少しでも幸せにしたくて入った協力隊で、たくさんの宝物をもらい私が人々にとても幸せにしてもらっている。あと少しの任期で私はその幸せを返せるだろうか。いつも心にゆとりと彼に負けないくらいの笑顔でがんばるぞ!
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