アフリカ理解
  アフリカ理解プロジェクト 総合学習・国際理解・国際協力・開発教育 ホーム
なぜアフリカなの?FAQメンバーズブログゲストブックAfrican Newsお問い合わせ
北部ザンビアの伝統農法の危機 - ベンバの人々が行うチテメネ

君島崇さんのプロフィール (株)レックス・インターナショナル所属の農業開発コンサルタント。コンサルタン トの仕事は、発展途上国で、その国の政府職員と一緒に働きながら地域開発や農業開 発に関わる計画を立て、それを報告書にまとめるとともに、仕事を通じ、専門分野の 知識、調査の方法、計画の立て方等を一緒に働く政府職員に技術移転すること。一年 の約半分は海外でコンサルタントとして過ごし、日本では長野県穂高町で0.4haの田 畑を耕す百姓暮らしを実践中。家族は妻と娘二人、牝猫一匹。おらの作るコメはサイ コーだぁ。

ザンビアのブログ

JICAボランティア
AMAKASA(あまかさ)
アフリカ引きこもりの日々
JICA 世界HOTアングル



元地図:http://www.nishi-shinjuku.net/より引用


外務省ホームページhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/area/zambia/より引用

ザンビアの紹介
 ザンビアは南部アフリカにあり、面積が76万平方キロと日本の約2倍ある大きな国です。広大な国土の割には、1,000万人をわずかに越える程度の人口です。旧宗主国は英国で、中央北部にある銅鉱山の開発、及び南北に走る鉄道沿いに発達したプランテーション(コムギ、トウモロコシ等)や牧場経営により利益を上げていましたが、独立運動の結果1964年に独立しました。独立後は銅の国際市況が低迷したために経済が冷え込み、一方で人口増加率が食糧生産増加率を上回った結果、食糧不足に陥り、今では最貧国の一つに数えられるようになってしまっています。ザンビアにおける食糧増産率が低いのには、国土の大部分の土壌の肥沃度が極めて低いという事情があります。また作物の生産性が低いため、人口密度も低いのです。

北部の伝統的焼き畑「チテメネ」
 ザンビアの北部にはベンバという民族が住んでいますが、彼らはこの地域特有の植生であるミオンボ林地帯で、チテメネという伝統的焼畑移動耕作を実践してきています。ミオンボ林は木の高さがせいぜい20メートル、木と木の間隔が3〜5メートル程度に透けた疎開林のことで、ミオンボとは林を構成するマメ科樹種を代表する樹木の、ベンバの言葉での通称です。
チテメネとは、ベンバの言葉で「木を伐る」という意味です。作付け面積分のミオンボ林を拓き、そこを中心として同心円状に作付け面積の約5〜6倍の範囲にあるミオンボの樹木の枝を切り、それらを中央の拓いた土地に集めて燃やします。その灰分や土壌から供給される無機養分を利用して、通常3年連続して同じ場所で耕作するのです。

 1年目は彼等の昔からの主食であるシコクビエをキャッサバと混植し、2年目にはラッカセイ、3年目には再びシコクビエを栽培するのが一般的です。1年目に植えたキャッサバは3年目に収穫します。3年後には土地が痩せ収量が低下するのと、雑草が侵入し始めるため、その土地を放棄して新たな土地へ移動します。農民は主食を確保するために毎年新しい土地でチテメネを行っており、一農家あたり通常4カ所このような土地をもっているといいます。

 ところで、主食のシコクビエの調理法ですが、収穫後製粉し、熱湯の中に少しずつ入れながら杓子でかき混ぜ、ソバガキのようにして食べます。これをシマ(Nshima)と呼びます。ちなみに副食は野草やキノコ、タンパク源はミオンボ林に住む小動物、また雨季に繁殖するイモムシ等です。イモムシは内蔵を出して干した後、塩茹でにして食べますが、サクラエビのような味がして美味しいです。


「チテメネ」の危機
 チテメネの特徴は、森林を再生可能な資源として積極的に利用するところにあります。枝を切り落とされた樹木は15年〜20年で樹勢が回復するといいます。ベンバの人々は15〜20年で元の場所に戻るというサイクルを維持しながらチテメネを続けてきたのですが、最近は人口増加により土地に対する圧力が高まったため、元に戻るサイクルが短くなったのです。樹木の生長や地力が回復する前に再び土地を耕作するため、供給される養分は減り、地力は衰え、作物の生産性も低下してきます。このため、農民は養分確保のために成木の幹まで伐るようになり、次第に森林植生が後退するという事態が起きてきています。食料をミオンボ林に依存してきたベンバの人々にとっては生活の危機です。

 この森林植生の後退には、ザンビア政府の農業政策も関係しています。1980年代に入り、ザンビア政府は国民の多くが主食としているトウモロコシを自給すべく、その増産政策を開始しました。そして補助金により種子(ハイブリッドの高収量品種)や肥料を安く供給し、生産物は全量政府買い上げを保証しました。その結果、ベンバの人々が暮らす北部でも、多くの農民がチテメネを行う一方でミオンボ林をトウモロコシ用常畑に転換していったのです。今ではトウモロコシを主食とするベンバの人も増え、シコクビエは現金収入のために醸造酒製造の原料に回されるようになってきています。

 しかし、このトウモロコシ自給のための補助金付き増産政策は効を奏さず、ザンビアは経済政策に失敗し、1991年に政権が交替しました。そして世銀/IMFの指導の下、構造調整を余儀なくされ、農業への補助金はすべて撤廃された結果、農民は肥料などの投入財を高い値段で購入しなければならなくなりました。このため、経済的余裕のない自給水準の農家は、既に後退してしまったミオンボ林でチテメネに戻らざるを得ない状況になってきています。



アフリカからのお便りトップに戻る

www.shiratoris.com www.PositiveAfrica.net
アフリカ理解プロジェクト 総合学習・国際理解・国際協力・開発教育
Copyrights 2008 Africa rikai Project, Designed by サムソン