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(08年リーフレット)



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NGO-JICA相互研修・in エチオピア アフリカ日本協議会 近藤徹子さん

2つのプロジェクトでの海外研修

はじめに

2008/1/15-2008/1/24 NGO-JICA相互研修でエチオピアに行ってきました。この研修は、NGOとJICAの相互理解や、研修を通じて得たものを団体の活動に生かす目的で毎年行われており、今年で10回目となっています。参加者は12名(NGOからは10名・JICAからは2名)。

JICAの農民支援体制強化計画(FRGプロジェクト)と、カラユ牧畜民を支援するエチオピアのNGO・Gudina Tumsa Foundation(GTF)の二つのプロジェクトを訪問させていただきました。

GTFは、カラユ牧畜民を対象に、教育・自然資源管理・生計向上・家畜肥育の普及・女性の地位向上・能力開発の6つの分野で、総合的な支援を行っています。教育の分野では「アフリカ理解プロジェクト」と協力しています。

アジスアベバにあるネットワークNGOを訪問

1月15日(火)

東京を出発後、バンコクを経由してアジスアベバに到着しました。到着したときはどんよりと曇っていました。アジスアベバは標高2,400m。予想以上に肌寒く感じました。すこし頭痛を感じる人もいました。1日目はJICAエチオピア事務所で、エチオピアのネットワークNGO・CRDA(Christian Relief and DevelopmentAssociation)のスタッフ(女性)に会いました。エチオピアには、国で認めているNGOが1,500ほどあります。CRDAは、283の団体が加盟しているNGOです。市内には大きな本部ビルもありました。JICAはこのCRDAと協力して、エチオピアのNGOと協力して活動したい日本人に向けて、NGO-JICA ジャパンデスクを開設しています。NGO-JICA Japan Desk Ethiopia  http://www.crdaethiopia.org/ngojapandesk/

JICA農民支援体制強化計画(FRGプロジェクト)で研修1日目

1月16日(水)

2日目は、アジスアベバから南東へ200km移動。アダマ(英語表記・ナザレット)という都市に到着。標高は1,500m。アジスアベバを出ると、ぽつんぽつんと低木が生える大地・丘陵が続きます。黄色いプラスチックの大きな水筒を背中にくくりつけ、ちょっとうつむき気味に歩くロバの姿があちこちに。群れをなして歩く、ヤギ・牛もよく見かけました。子どもたちは、はにかみながら手を振ってくれます。テフの脱穀のあとに残ったわらのようなものを積み上げた、丸い小山があちこちにありました。午後に、JICAのFRGプロジェクトの説明を聞きに行きました。FRG プロジェクト→ http://project.jica.go.jp/ethiopia/5065025E0/index.html

このプロジェクトは、JICAとエチオピアの農業研究機構や試験場と共同で行われています。専門家の白鳥清志さんはここにきて3年半。全部で5年のプロジェクトです。オロミア州東ショワ・ゾーンと西アルシ・ゾーンの一部で行われています。半乾燥地ですが、比較的水にアクセスでき、インフラ・道路も整備されているので、技術さえ工夫すればいろいろ作れるところだそうです。

以前は、農業研究員が研究した技術を農家に教えるという、トップダウン形式でした。このFRGプロジェクトでは、農家の圃場で、研究員と農民が一緒によい技術ややり方を考えていくことを目的としています。また、その技術は普及員を通して幅広く別の農家にも伝えていきます。研究員・農民・普及員の3者が協力し合って農業技術を考え、積極的に導入していきます。「農業を一番よく知っているのは農民」という考えの下、モデルとなる農家を作り、農家が他の農家に教えていく、モデル農家も、農業普及員のような役割を担っていければより良いと、もうひとりの専門家の松本さんは言われていました。

JICA農民支援体制強化計画(FRGプロジェクト)で研修2日目

1月17日(木)

次の日は、FRGが活動している村に行きました。
メルカサ農業試験場から車で20分、WAKETIYOという村です。6人のグループで訪問しました。最初に村の農民組合のリーダーに話を聴きました。アフリカでは年長者が尊重されるということで、一番年配に見える参加者が代表でご挨拶。ほかのみなも頭を何度も下げて挨拶をしました(これでよかったかは分かりません)。人口3966人、世帯数407世帯。一世帯あたりの人数は7-8人。以前は放牧をして生計をたてていましたが、農耕をするようになり、今は完全に農耕だけ、農耕以外の生計はなし、とのことです。


     
ヒヤリングに行った村の生徒たち

現地のオロミア語→英語(農業研究員)→日本語で内容をみんなで確認しながらヒアリングを行ったため、聞ける質問はごく僅か。研修のスケジュール・通訳の都合や、時間の制約もありました。村の基礎情報をきくだけで1時間が経過。最後に、村で気になることはありますか?と聞いたところ、急に発言が熱意を帯び始めました。どうやらその原因は「さとう工場」。大規模にさとうきびを作る予定があり、村のほとんどのひとがこの計画に参加(さとうきびメンバー518名)。3年前から砂糖会社が灌漑の設備や圃場の整備を行っているようです。(この3年間は、その圃場は何も作らず)さとうきびを自分の土地で作る引き換えに、砂糖工場から生活保障をもらっているそうなのですが、さとうきびの収穫が始まったら、今まで3年間払われたお金をどうやら返さなければいけないシステムになっており、村人の不満が高まっているようでした。ただ、さとう工場に聞き取りには行っていないので、本当にそういうシステムなのかは分かりませんでした。そのさとう工場はおそらく半官半民もしくは政府委託の工場ではないかということでした。

次にFRGのメンバーでセクレタリーもしている男性に話を聞きました。この村には3つのFRGグループがあり、農民・女性・ユースの3グループ、あわせて60世帯ほどが加入しています。その男性(シュミさん)は農民グループの代表で、FRGのおかげで市場の情報にアクセスできるようになり、売れる野菜を作れるようになったよ!といってました。持っている畑は3ha。野菜に1ha、そのほかは灌漑にアクセスできない土地ということもあり、さとうきびの準備だそうです。そして、前は野菜の仲買業者に売っていたけど、今は生産者組合を作って売っているから、儲かるようになった!といっていました。3年間で3倍も収入が向上したそうです。生産者組合は、エチオピア政府から言われて作ったそう。市場情報も、FRGや政府から情報を得ているそうで、さきほどのさとう工場もそうですが、政府の政策がかなり農家に入り込んでいるのが分かりました。FRGに加盟している農家と、加盟していない農家とでは軋轢はないですか?という質問に、特にないが、逆にFRGに加盟している農家での軋轢がある、とのこと。種・肥料・農薬などが全員にいきわたらないと言われていました。あとで、日本人専門家の方にお聞きしたところ、最初の初期投入は提供するが、貸与という形。その種も、次に加入したり、新しい技術に挑戦する農家に分けていく制度だそうです。

ここの土地は男性に移譲します。父親の代には28haもあったのに、兄弟で分け合って今は3ha。人口増加もあり、どんどん所有の土地が減っているといっていました。

その晩、FRGの専門家の方4名、タイから来られている短期専門家のタオンさん、白鳥くるみさん、JICAのほかのプロジェクトでアダマに来られている方などと楽しく飲みました。別のプロジェクトでアダマに来られていたAJF会員の松本さんから、聞き取りの話をしたところ、「3ha持ってれば、かなりお金のある農家だな!」と言われていました。言葉と時間の関係で、農家の女性や、小規模農家の生活までは見えませんでしたが、ジェンダーの専門家の女性曰く、「小さい農家はほんとうに大変なんですよ。」といわれていました。


     
インジェラとワット

全員で話題に上ったのがエチオピア人の綺麗さ。エチオピアの人は美男美女が多い。特に女性は、すらっとして綺麗な人がたくさんいます。ボーっと見とれることもしばしばです。また、食べ物ですが、主食のインジェラは貧血にも効果的でおいしいのですが、やはり、だんだんその酸っぱさに慣れていないのか、3日くらいすると、パンとインジェラが両方でてくると、どうしてもパンを選んでしまいました。それから飲み物で、コーヒーと紅茶が半分ずつ入った飲み物がありました。カップの下半分が紅茶、上半分がコーヒーで、見た目も美しくビックリ(きちんと分離しています)。これまた不思議ですが、飲むとしっかり二つの味がします。エチオピアに行く方は、ぜひ試してみてください。

エチオピアの現地NGO・Gudina Tumsa Foundation(GTF)で研修3日目

1月18日(金)

さて、次のプロジェクトはアダマからさらに東に2時間進んだメタハラに現地事務所があるNGO・Gudina Tumsa Foundation(GTF)を尋ねました。標高は1,000m程度。こちらは水も少ない乾燥地で、照りつける太陽は矢のようです。はっきり言って痛い・・。この周辺一体(オロミア州東ショワ県ファンターレ郡18村)には、昔ながらの生活を営むカラユという牧畜民がすんでいます。その数、一説には7万5000人。移動をしながら伝統的な牧畜を営む彼らは、1970年以降、条件のよい土地は大規模プランテーションや国立公園として政府に接収され、エチオピアの中でも乾燥した資源の乏しい地域で暮らしています。政府と交渉もできず、国の保護を受けることもできない少数牧畜民である彼らに、GTFが支援を始めたのが1995年。最初は警戒心の強い彼らに、まったく相手にされず、困り果てたそうです。とにかく「子どもを学校に送ろう」という提案を一軒一軒しながら歩いたそうです。

一夫多妻で、女性は早婚(13-4歳)。問題は住民の合議で解決するGadaという仕組みもあります。


     
カラユの伝統的な集落

教育から始まり、今は、統合された自然資源管理・生計向上・家畜肥育の普及・女性の地位向上・カラユ牧畜民の能力開発と6分野にわたっています。特に、アフリカ理解プロジェクトと協力関係にある教育に関するプロジェクトでは、目ざましい成果を挙げています。GTFが初めて作った小学校は、最初は45名(うち女子2人)から始まりました。その小学校が、いまや生徒数397名(うち女子154人)までに大きくなりました。家から遠くて通えない、また途中誘拐されてしまう恐れもあるため、女子児童には寄宿舎もあります。また、牧畜民の生活に合わせて、6ヶ月間集中して勉強し、それを3クール続ければ、小学校5年生に編入できる仕組みもあります。6ヶ月勉強・6ヶ月牧畜のお手伝いと、牧畜と両立しながら勉強できます。

アフリカ理解プロジェクトが全面協力し、日本大使館の草の根無償支援で建設された図書館に移動し、そこで、小学校を卒業して大学まで進んだ男の子に話を聞くことができました。今はGTFスタッフとして働いています。この図書館は、40度を超える半乾燥地の中に建っているのに風通しがとてもよく、勉強しやすい環境でとても驚きました。

「片道20km歩いて通うのは大変だった。何度も親から結婚しろと言われてへこたれそうになった。でも、やっぱり勉強したかったので、最後は、学校の校長先生に相談した。そうしたら、GTFのスタッフと学校の先生と、村の酋長が集まって話し、勉強を続けさせてくれることになった。」あの乾燥地を片道20km・・。想像しただけで倒れそうになりました。自然と向き合って暮らす牧畜民の我慢強さに圧倒されました。

そして、カラユ牧畜民初の、女性大学卒業者、アリーヤさんとご対面。小さくて可愛いけど凛としています。彼女のお父さんは、大学に行かせるとき、村のあらゆるひとから反対されたそうで、災いが村に起こるとまで言われたそうです。彼女は無事、大学を卒業して、GTFスタッフとして自分の出身地で働いています。法学を習い、権利について女性を対象としたワークショップを開催しています。彼女を見習って、大学に行く女性も増えています。教育がコミュニティに与える影響の大きさを肌で感じました。その後、女性グループの活動や環境保全のプログラムを見ました。

女性グループはみんなでお金を少しずつ出し合って貯金し、一部をグループの女性に貸し付けて、子牛を買い、育て、増やす運営をしています。貯金の一部は街の銀行に預金しているそうです。子どもを学校に送りたいかと聞いたところ、借金してでも送りたいといっていました。顔に独特の彫ったような線があり、これは美(beauty)のため、もうひとつは、FGMをしている印とのことです。FGMやHIV/AIDSといった問題については、比較的みんなが参加しやすいプロジェクト(所得向上について、農業技術の指導)のときに、合わせて啓発活動を行っているそうです。その日は終了。

エチオピアの現地NGO・Gudina Tumsa Foundation(GTF)で研修4日目

1月19日(土)

次の日は、そのさらに奥地、4WDの車で川を渡り、砂漠を渡り、パリダカールラリーの映像のようなところを走り続けること2時間、奥地の村Gidara村に着きました。実はこの村に着くまでにサトウキビと果樹のプランテーション地域を抜けてきました。政府のチェックが厳しく、カメラは絶対に厳禁です。検閲場所で、ガードに車を止められて、ジーっと見られました。帰りは別の道を通って帰れといわれました。政府がNGOをまだまだ警戒しているな、と思いました。GTFは政府とうまくやっていますが、やはり、制約も多く活動しにくいのは確かなようです。砂糖工場と果樹畑ができたことで、汲みに行っていた川の水が使えなくなってしまったとのことです。ブロックされてしまったのです。


     
車で2時間、もっとも奥地にある村

また、メタハラ周辺は、他のNGOも入って活動しているところもあるようですが、この村は、本当にGTFしか活動していません。途中で、某外資系NGOの看板を発見。あのNGOも活動しているの?と聞いたところ、「看板だけみたい」とのこと。GTFが知らない間にやってきて、勝手に看板をたてたり、事業を始めるNGOもあるようです。あるNGOが来て建てたクリニックは、チーフ(地元の共同体の長)の許可なく建てたので、みんな警戒して使用せず、立派な建物がドーンと建っているだけで、まったく機能していないとのことです。

GTFがすばらしいのは、プロジェクトマネージャーのほかに、ファシリテーターという村に住み込んで生活するスタッフがいることです。38名のスタッフのうち、半数以上が村に住み込み、住民と寝食を共にしています。スタッフは、現地語「オロミア語」が全員話せるそうです。活動についてですが、最終的には、住民主体の活動に委譲していき、延長上で政府との関係を築きつつ撤退したいということです。運営していた小学校は、すでに政府に所有権を委譲したそうです。カラユの人たちが正当な権利・保健衛生や教育にアクセスできるようになるため、GTFはまだまだ当分は撤退できないだろう、とのことでした。比較的若いスタッフが多く、熱く語る姿はキラキラしていました。

最後に、GTFスタッフとディスカッション。僕たちも君たちに聞きたいことがあるんだ、とのこと。

質問が4つ。@アフリカで2015年までにMDGsの目標が達成すると思いますか?A日本のODAは本当に貧しい人に届いていると思いますか?B2005年の総選挙以降、EU諸国はエチオピアのCSOも援助対象としています。日本は対政府援助です。今後変わると思いますか?C今後、わたしたちとパートナーシップを結んでいく可能性はありますか?どのように?

これを聞いたとき、みんな唸ってしまいました。G8やTICAD4を、政府とのダンスで終わらせないでほしい、市民の声を取り入れてほしい、日本のNGOにも最大限のサポートをしてほしいという要望が出されました。


  子牛を育てる女性グループのヒヤリングで


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海外プ ロジェクト:たくさんの女の子に教育を!

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